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横浜地方裁判所横須賀支部 昭和48年(ワ)128号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

一  原告

(一)  被告は原告に対し金二九九九万六八四五円およびこれに対する昭和四八年七月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  当事者の主張

一  請求原因(原告)

(一)  原告は昭和四〇年一一月二九日被告(中小企業等協同組合法に基づく信用協同組合)との間に当座勘定取引契約を締結し、同年一二月三日当座預金として金三〇〇〇万円を預け入れた。

(二)  原告は本訴により被告との間の右契約を解約した。

よつて原告は被告に対し、右当座預金残額二九九九万六八四五円(後記のとおり、国税滞納処分の差押に基づき芝税務署長に支払われた三一五五円を控除した額)およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四八年七月一四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否(被告)

請求原因事実はすべて認める。

三  抗弁(被告)

(一)  第一次的抗弁

1 本件当座預金は、昭和四〇年一二月三日から昭和四一年二月一七日までの間、別紙一覧表記載のとおり一三回にわたり、いずれも原告会社代表取締役荒井惟俊振出の小切手により合計金二九九九万六八四五円が支払ずみである。(残額三一五五円となつていたところ、昭和四五年一〇月七日原告に対する国税滞納処分の差押がなされ、被告は右金額を芝税務署長に支払つた。よつて原告の右当座預金債権はすべて消滅した。)

2 前記小切手の振出および支払がなされた当時、原告会社の代表取締役としては、右荒井惟俊のほか夏栗喜重があり、商法二六一条二項による共同代表の定めがあつた。しかし、昭和四〇年一一月二九日本件当座勘定取引契約締結に際し、共同代表取締役夏栗喜重は、原告会社取締役会の承認を得たうえ、右契約に基づく当座取引、手形小切手行為につき、他の共同代表取締役荒井惟俊に委任した。

3 仮に右の委任がなされなかつたとしても、右荒井惟俊は原告会社の代表取締役として前記小切手を振出したものであつて、右は表見代表取締役のなしたる行為であり、被告は同人にその権限があると信じたものである。

4 原告会社の共同代表取締役荒井惟俊、同夏栗喜重は昭和四〇年一二月三日、被告に対し、代表取締役荒井惟俊の単独代表名義で振出した手形、小切手につき支払をなすべきことを委託した。(支払委託契約の有効無効と、当座勘定取引により振出された手形、小切手の有効無効とは別個の問題である。)

5 本件当座預金三〇〇〇万円は、原告会社が宅地造成事業(以下「宅造事業」という)を行うための資金として、代表取締役荒井惟俊所有の不動産を担保に入れて被告から借り入れたものであるが、その後、右宅造事業の実行が不能となつたので、右当座預金の使途が変更され、代表取締役夏栗喜重の個人的債務の返済を含む各種の支払のため振出された小切手によつて払出されたのである。共同代表の定めは、共同代表取締役間の相互牽制によつて代表権行使の適正化をはかり、会社の利益を保護しようとするものであるから、会社の利益が害されるおそれのないような時にまで、すべての代表行為を共同してすることを要すると解すべきではないし、他の共同代表取締役に代表権の行使を委任することも支障はないのである。前記のような事実関係のもとにおいて、本件は原告会社の内部で解決されるべき問題であるのに、たまたま共同代表の定めがなされていたのを奇貨として、本件小切手振出行為が共同代表の定めに違背することを主張し、第三者たる被告に責任を転嫁することは信義則に反し許されない。

(二)  第二次的抗弁

1 (時効) 当座預金は預入れののち何時でも払戻請求ができるのであるから、その払戻請求権の消滅時効は預入れのときから進行する。したがつて、本件預金のなされた昭和四〇年一二月三日の翌日から起算して五年を経過した昭和四五年一二月四日には商事債権としての消滅時効が完成している。被告は右消滅時効を援用する。

2 (相殺その一) 前記のとおり被告は原告会社代表取締役荒井惟俊振出の小切手により合計金二九九九万六八四五円を支払い、右金員は原告会社の第三者に対する債務の支払のため決済され、または原告会社自身がこれを取得した。すなわち原告会社は法律上の原因なくして被告の財産から合計金二九九九万六八四五円を利得し、被告はこれと同額の損失を受けた。被告は原告に対し右金二九九九万六八四五円の不当利得返還請求債権を有するから、昭和四八年一〇月二四日の本訴口頭弁論期日において、原告の本訴請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

3 (相殺その二) 原告会社の共同代表取締役荒井惟俊は、原告会社の職務を行うにつき、権限がないのに、原告会社代表取締役荒井惟俊名義をもつて、昭和四〇年一二月三日から昭和四一年二月一七日までの間、合計一三回にわたり、別紙一覧表記載の小切手一三通(金額合計二九九九万六八四五円)を振出したが、原告会社共同代表者夏栗喜重および同荒井惟俊の両名は、あらかじめ、荒井惟俊が単独で原告会社を代表して右小切手を振出すことができる旨、被告に申し出て被告を欺き、被告にその旨誤信させ、もつて、被告をして、合計一三回にわたり右一覧表記載の日に、各記載の金額を支払わせ、被告に対し合計金二九九九万六八四五円の損害を与えた。原告会社は民法四四条、七〇九条により、被告に対し被告が受けた右損害を賠償すべき義務がある。よつて被告は原告に対し、昭和四八年一〇月二四日の本訴口頭弁論期日において、右金二九九九万六八四五円の損害賠償債権と原告の本訴請求債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否(原告)

(一)  被告がその主張のとおり原告会社代表取締役荒井惟俊振出の小切手の支払をしたことは認める。しかし、当時原告会社の代表取締役としては、右荒井惟俊のほか夏栗喜重があり、商法二六一条二項による共同代表の定めがあつたから、代表取締役荒井惟俊単独により振出された小切手による支払は無効である。共同代表取締役夏栗喜重が他の共同代表取締役荒井惟俊に当座取引、手形小切手行為を単独でする権限を委任した事実はない。仮に委任したとしても、商法二六一条は強行規定であるから、その委任は無効である。

(二)  被告がその主張のとおり、国税滞納処分にかかる差押金三一五五円を芝税務署長へ支払つた事実は認める。

(三)  共同代表取締役の単独による代表行為について、商法二六二条の表見代表取締役の規定の適用があるとしても、原告会社は被告との当座取引契約締結に当り、共同代表の定めの記載ある会社登記簿謄本を振出したから、被告は共同代表取締役二名が共同してのみ代表権を行使しうるものであることを知つていた。

(四)  当座預金の払戻請求権の消滅時効は預け入れのときからでなく、契約終了のときから進行する。当座取引契約の存続するかぎり預金者は小切手によらずして妄りにその払戻しを請求することをえず、その払戻しは当該契約の終了したときに始めてこれを請求しうるものだからである。原告は被告より未だ当座取引解約の通知を受けていない。

(五)  被告主張の小切手による一三回の支払金のうち原告会社の第三者に対する債務支払のため決済されたものは一口もなく、また荒井惟俊個人が支払を受けたことは格別として、原告会社が支払を受けたものは一口もない。仮にそうでないとしても、右被告のなした一三回の支払によつて、原告には現在何の利益も存しないのであるから、被告主張の不当利得による相殺の抗弁は失当である。

(六)  被告主張の不法行為の事実は否認する。原告会社が被告主張のような事実を申し出て被告を欺いた事実はなく、被告のほうで勝手にそのような書面を作成し体裁を整えたものであり、被告はその事実を十分承知していたものであるから、不法行為を原因とする相殺の抗弁は失当である。

五  再抗弁(原告)

(一)  (第一次的抗弁に対し) 原告会社の代表取締役荒井惟俊は昭和四一年二月一日代表取締役を辞任し、右荒井惟俊と代表取締役夏栗喜重とが共同して会社を代表する定めは同日廃止され、同月二四日その旨の登記がなされた。(昭和四一年二月一七日振出の金額四〇万円の小切手は、荒井が手許に小切手帳のあるのを奇貨として、代表取締役名義で振出した偽造小切手である。)

(二)  (時効の抗弁に対し) 被告は昭和四五年一〇月七日原告への国税滞納処分により本件当座預金債権の差押を受け、原告会社代表者夏栗喜重にその支払方承認を求めたうえで同月二九日芝税務署長にこれを支払い、もつて原告の債権を承認した。(債務の一部弁済をしたときは残余の債務の承認をしたものであり、当座貸越契約による継続せる債権の如きは、これを経過上一個の債権と認めるべきであるから、これによつて全債権の消滅時効は中断されたものである。)

六  再抗弁に対する認否(被告)

(一)  原告会社の代表取締役荒井惟俊が昭和四一年二月一日辞任したことは認めるが、昭和四一年二月一七日当時、被告は右の事実を知らなかつたものである。

(二)  被告が原告への国税滞納処分による差押に基き右差押えられた当座預金債務として承認し、芝税務署長に支払つたのは金三一五五円のみであり、この金額の限度においてのみ預金返還債務を承認したにすぎない。

七  被告補助参加人の主張

(一)  昭和四〇年初秋ころ、参加人は夏栗喜重や稲葉光太、上条貞義からすすめられて、参加人所有の三浦郡葉山町松久保一三八五番から一四五三番にわたる山林および畑を宅地造成して販売することを計画し、一切の資金も参加人が提供し、夏栗らは労力を提供してこれを行うこととしたが、体裁上、事実の主体として原告会社名を利用することとし、参加人は右会社の代表取締役となり、代表取締役夏栗喜重と共同して会社を代表すべきことを定めた。そして参加人は自己所有の不動産に抵当権を設定し、原告会社はこれによつて被告から三〇〇〇万円を借り入れ、当座取引契約を締結して右金員を当座預金として預け入れた。

(二)  前記参加人所有の山林、畑を宅地造成するについては、地形上、周囲の第三者所有土地をも一緒に宅地造成する必要があつたので、これらの土地を買収する資金として前記借入れをしたのであるが、右周囲の土地の買収は不能となり、参加人所有土地の宅地造成工事は諦めざるをえなくなつた。そこで参加人は夏栗らとの右共同事業を廃止し、被告組合から融資を受けた資金を返済することとし、被告主張の小切手により逐次前記当座預金を払い出し(そのうち金一〇八〇万円は夏栗、稲葉らに交付した。)、参加人において別途に借入金全額を被告に返済した。(夏栗は前記のとおり交付された金員のうち一〇〇万円を参加人に返還したのみであり、結局九八〇万円の損害が参加人に残つた。)

(三)  本件預金の実質上の預金者は参加人である。すなわち、参加人の宅地造成資金を原告会社名義を借りて当座預金にしたものであるから、参加人が原告会社代表取締役の名によりその払戻しを受けることは当然である。仮にそうでないとしても、共同代表制度の目的は、共同代表取締役間の相互牽制による代表権行使の適正化にあるが、原告会社のような形骸会社には共同代表制の如きは実益がなく、何ら実効性のないものであつて、参加人の右小切手振出行為は各自代表権に基づいてなした適法な行為である。

(四)  本件当座預金の払出しは参加人のみの権限によつてなしうる旨、夏栗らとの間に合意されていた。すなわち、本件当座預金の出納に関するかぎり、対内的には参加人の単独代表権が実施されており、対外的にも、夏栗が昭和四〇年一一月二九日原告会社の取締役会の承認を得たうえ、当座取引、手形小切手行為に関する権限を参加人に委任したので、代表取締役である参加人の単独名義で振出された手形、小切手については支払をするよう、その旨の取締役会義事録を添えて被告に通知している。原告が参加人の小切手振出行為をもつて共同代表制の定めに違反していると主張することは、禁反言および信義則に反し、かつ、権利の濫用として許されない。

八  補助参加人の主張に対する原告の答弁

(一)  本件当座預金の出所が何であれ、その預金者は原告会社である。適法に振出された手形、小切手によるのほか、その支払はなされるべきものでない。

(二)  参加人主張の宅地造成事業の主体は原告会社である。参加人は印鑑証明書を添付した就任承諾書を提出して原告会社の共同代表取締役として右会社に参加したのである。株主総会議事録、取締役会議事録にも参加人は自分で押印しているし、同会社の代表者として小切手の振出その他の行為をしている。原告会社は決して架空会社ではなく、被告組合も原告会社を実在するものと考えたからこそ、資金貸付の相手方とし、当座預金の預け主として扱つたのである。

(三)  参加人が一〇八〇円を支出したことは認めるが、右は本件預金から引出されたものではない。右金員は原告会社の宅造工事資金として使用されたのである。参加人が共同代表者夏栗に無断で当座預金を引き出さなければ宅造工事は完成され、莫大な利益を挙げられたのである。参加人が原告会社に代わつて借入金を被告に弁済したことは認めるが、参加人は原告会社ないし他の連帯保証人に対し求償権を行使すればよいのである。

(四)  原告会社が被告から借り入れた三〇〇〇万円は、原告会社が行うべき宅地造成事業のための資金であるから、代表取締役の相互牽制により会社の利益を保護しようとするための共同代表制を定めたのである。原告が右共同代表制の違反を主張することが信義則違反となるものではない。両共同代表取締役の意思は、右資金を宅地造成事業のために使うということで一致していたのであり、そのほかに特定の事項についての意思が合致していたということはない。まして会社の預金を参加人の個人的用途に充てるために払出しを受けることが参加人に委せられていた事実はない。

(五)  参加人主張の取締役会議事録なるものを被告が所持していることは認めるが、そのような取締役会が開催されたことはないし、右議事録の代表取締役夏栗喜重の署名押印は何人かが同人の印章を冒用して偽造したものである。夏栗が被告に対しそのような通知をしたことはない。

(六)  原告会社は昭和四一年三月一日伊東市大字吉田の山林五七〇〇坪を代金三〇〇〇万円で買い入れ、これを宅地造成して七四〇〇万円の利益を挙げうる見込みであつたが、被告組合が本件当座預金を何ら権限のない参加人に払い出してしまつたので事業資金が皆無となり、結局右土地を手放さざるをえなくなつて、事業の遂行が不可能となつたのである。本件当座預金の使途が変更されたような事実はない。

第三  証拠関係(省略)

理由

一  請求原因事実は原告と被告との間において争いがなく、被告補助参加人もこれを明らかに争わない。

二  原告主張の当座預金が昭和四〇年一二月三日から昭和四一年二月一七日までの間、別紙支払一覧表のとおり一三回にわたり、いずれも原告会社代表取締役荒井惟俊振出の小切手により合計金二九九九万六八四五円が支払われたこと、及び当時原告会社の代表取締役としては荒井惟俊のほか夏栗喜重があり、商法二六一条二項による共同代表の定めがあつたこと、については原告と被告との間において争いがなく、被告補助参加人もこれを明らかに争わない。

三  よつて右小切手金の支払を有効とする被告の抗弁の成否につき判断する。成立に争いのない甲一号証および同乙一六号証(いずれも原告会社の商業登記簿謄本)、同甲六、七号証(戸籍および改製原戸籍の各謄本)、同甲二号証および同乙一号証(いずれも当座勘定元帳、前者は写)、同乙三ないし一五号証の各一、二(いずれも小切手)、同乙二三号証(上條貞義の上申書)、同乙二四号証(当座預金勘定約定書)、同丙一号証(借用金証書)、同丙二号証(根抵当権設定契約証書)、同丙三号証(受領証)、同丙四号証(受託工事金保管受領証)、同丙五、六号証(いずれも預り書)、同丙七ないし九号証(いずれも受領証)、同丙一二号証(連帯保証差入証書)、後段認定のとおり真正に成立したものと認められる甲三号証および乙二号証(いずれも取締役会議事録、前者は写)と証人荒井惟俊、荒井操の各証言および原告代表者夏栗喜重本人尋問の結果を総合すると、以下の各事実を認めることができる。

(一)  被告補助参加人荒井惟俊は本籍神奈川県三浦郡葉山町長柄一三七三番地戸主荒井太吉、同人妻キタ間の長男として明治二三年一〇月一日出生し、昭和二年一二月一三日前戸主太吉死亡により家督相続したものであり、先妻死亡により昭和三〇年に現在の妻操(大正二年三月三一日生)と婚姻した。荒井惟俊が相続により取得した不動産は山林二五町歩、農地および宅地四~五町歩であり、三浦郡で最大の地主であつたが自作農創設特別措置法の施行により農地は殆ど国に買収され、惟俊は家業の農林業を行わず、長く教職にあつた。

(二)  原告会社の代表者である夏栗喜重は上條貞義、稲葉光太らとともに三浦郡方面において宅地造成事業を行つてきたが、昭和四〇年当時、金融業者宮川聖之助からの借入金一二〇〇万円余の返済に窮する状態であつた。そこで更に資金提供者を得て事業の再建をしようとしていたところ、昭和四〇年五月ころ荒井惟俊の教え子であつた菊地本尚を通じて右荒井と知り合い、宅造事業への参加を勧誘した。

(三)  夏栗らの計画では葉山町長柄字松久保に荒井が所有する山林および畑を中心として、周辺の第三者所有地をも合わせ、五~六〇〇〇坪を宅地造成して分譲すれば非常に有利な事業となるというのであり、荒井も乗気となつた。

(四)  そこで荒井から被告組合にその計画を説明して融資を申し入れ、荒井の信用により金三〇〇〇万円の借受けができる見込みとなつたので、右宅地造成事業を会社組織で行うこととし、既存の原告会社を利用することとした。(原告会社は夏栗が主宰していた会社のようであるが、甲一号証によれば昭和三七年五月一一日資本金一〇〇万円をもつて設立された株式会社であることがわかるほか、営業の目的を別荘の開発及び管理等とする旨昭和四〇年一一月一五日変更登記されたことが認められるところ、同号証によつては、その以前の営業目的、役員の構成等および旧商号は不明である。)そして右会社の商号を『株式会社葉山グリンタウン』と変更し、本店所在地を荒井惟俊の自宅所在地である三浦郡葉山町長柄一三七三番地に移し、それぞれその旨の変更登記をなし、夏栗らにおいて株主総会議事録その他所要の書類を整えたうえ、同年一一月一五日、荒井惟俊、荒井操(惟俊の妻)、夏栗喜重、稲葉光太、菊地本尚がそれぞれ取締役、上條貞義が監査役、荒井惟俊および夏栗喜重がそれぞれ代表取締役に就任し、代表取締役両名は共同して会社を代表することと定め、同年一一月一七日その旨の登記を経た。なお同年一一月一八日夏栗および上條の両名は荒井惟俊、同操に対し、原告会社の資金調達に関し、荒井両名が負担すべき債務については夏栗および上條の両名が一切引き受けて保証する旨の「連帯保証差入証書」を差し入れた。

(五)  そして同年一二月三日、原告会社は、荒井惟俊、夏栗喜重、上條貞義を連帯保証人として被告組合から金三〇〇〇万円を、返済期昭和四一年九月三〇日利息日歩二銭五厘毎月末支払の約定で借り受け、さきに原告会社と被告組合との間で締結した当座預金勘定契約に基づき(昭和四〇年一一月二九日右契約が締結されたことは当事者間に争いがない)、同日右金員全額を被告組合の当座預金として預け入れた。なお右金員の借受けに際しては、荒井惟俊所有にかかる三浦郡葉山町長柄字関郷一〇九〇番山林一町八反三畝二三歩ほか一五筆に元本極度額三〇〇〇万円の根抵当権を設定することとし、その旨の根抵当権設定契約証書を作成のうえ、被告組合に差し入れたが、根抵当権設定登記は保留された。(翌昭和四一年八月二六日にその登記がなされた。)

(六)  荒井惟俊としては、自分の信用で自分が被告から融資を受け、その資金を夏栗らに提供して事業をやらせるという意識であり、被告から交付された当座小切手帳は届出印章と共に妻荒井操に所持させてその出納に当らせることとした。そして荒井は、右被告からの融資金のほか、手持の金員や別途に調達した資金をも適宜提供することとし、夏栗、上條らも右事業に関する経理面は一切荒井惟俊夫婦が担当することを諒承していた。

(七)  そこで原告会社として前記当座預金払出しのための小切手を振出すにつき共同代表の定めが支障となるので、前記被告から原告会社への融資の実行に際し、被告組合本店営業室において、荒井惟俊、夏栗喜重、稲葉光太、上條貞義が同席の上、被告組合の担当者と打合せを行い、右当座預金払出しのための小切手は代表取締役荒井惟俊の単名で振出し、被告はその支払をするものと定め、被告組合の保管する原告会社の当座勘定元帳の氏名欄に「株式会社葉山グリンタウン代表取締役荒井惟俊」とのみ記載し(この記載は上條貞義が行つた)、届出印も荒井の印のみを押捺し、更に同日、原告会社の取締役会が「当会社が逗子信用組合本店との間に行う当座取引・手形行為等について代表取締役荒井惟俊・同夏栗喜重の両名が共同して会社を代表することになつているのを便宜上代表取締役荒井惟俊一名のみの名義でなすこと」なる決議をした旨の昭和四〇年一一月二九日付の取締役会議事録(甲三号証および乙二号証)を右上條において作成し、議長代表取締役夏栗喜重、取締役荒井惟俊、取締役荒井操、取締役稲葉光太の記名をしたうえ、あらかじめ預かつていた同人らの印章を押捺して被告組合の担当者に交付した。(したがつて甲三号証および乙二号証は真正に成立したものと認めうる。)

(八)  かくて即日(昭和四〇年一二月三日)、原告会社代表取締役荒井惟俊振出の金額一〇五万円の小切手により前記当座預金から右金額の支払がなされ(別紙支払一覧表の一番目。その支払がなされたことは当事者間に争いがない。)、同日金一五〇万円が設計、工事監理費第一回分として荒井から稲葉光太に交付された。更に翌一二月四日同様の小切手により同じく金六五〇万円が支払われ(別紙一覧表の二番目、以下同じ)、同日金六五〇万円が工事代金の内金として荒井から稲葉に交付された。同様に同年一二月六日金額一三二三万六〇〇〇円の小切手が振出され、宮川聖之助からの提示により、その支払がなされたが、右は前記のとおり夏栗が荒井の参加を得る前に行つた宅造事業の資金として宮川から借入れた金員を返済するためのものであり、夏栗からの要請により右小切手の振出がなされたものである。以下このようにして別紙支払一覧表のとおり昭和四一年二月一七日までに合計金二九九九万六八四五円が合計一三通の小切手によつて支払われたが、そのうち昭和四〇年一二月一〇日の金一二万六〇〇〇円、同年一二月二九日の金三〇〇万円、同年一二月三〇日の金一八万二〇〇〇円、昭和四一年一月一二日の金一八〇万円は、いずれも荒井個人の債務支払に充てられた。

(九)  夏栗らの計画した荒井惟俊所有土地および周辺の土地を含む宅地造成は、周辺の土地所有者からの土地買付けが成功せず、しかも前記のように夏栗らの従前の事業の負債整理のため、本件当座預金からの支出が相当多額にのぼり、事業として一向に進展しないので、荒井は被告組合からの借入金を返済して事業から手を引きたいと考え、同年一二月半ばころ、その旨を夏栗らに申し入れた。前記のとおり荒井が自己の債務支払いのため小切手を振出したのは、このころのことである。これに対し夏栗は、規模を縮少して荒井所有土地のみの宅地造成を行いたいとか、伊豆の伊東市に山林を買い入れてあるから、これを宅地造成したいとか申し入れ、荒井も多少は思い直したが、翌昭和四一年二月ころに至り、結局これを拒否する旨の意向を明らかにした。そこで夏栗らは荒井を原告会社の代表取締役から辞任せしめることとし、所要書類を整え、荒井が昭和四一年二月一日代表取締役を辞任した旨、また同年二月一六日共同代表の定めを廃止した旨、それぞれ同年二月二四日登記申請手続に及んだ(荒井が昭和四一年二月一日原告会社の代表取締役を辞任したことは原告と被告との間において争いがない。)。

(一〇)  その後、原告会社の宅地造成事業が進展しないことから、被告組合では原告会社の借入金返済能力に不安をいだき、昭和四一年八月に至り、荒井との間の前記根抵当権設定契約に基づく登記手続を経た。そして荒井は被告組合に対する原告会社の前記借入金三〇〇〇万円につき、昭和四二年一月二六日五〇〇万円、同年二月二三日五〇〇万円、同年三月四日二〇〇〇万円を原告会社のために弁済したほか、昭和四〇年一二月三日から昭和四二年三月四日までの間に利息金合計三四一万〇九五〇円を原告会社のために弁済した。

以上のとおりの事実が認められ、原告代表者夏栗喜重の本人尋問(第一、二回)における供述中、右認定に反する部分は前掲各証拠に対比して措信することができず、他に右認定を左右すべき証拠はない。

四  前段認定の諸事実によれば、本件当座預金の預け主である原告会社の代表取締役荒井惟俊、同夏栗喜重につき共同代表の定めがあるけれども、原告会社は被告組合に対し、代表取締役荒井惟俊の単独名義で振出される小切手につきその支払の委託をなしたものであり、その委託については原告会社の取締役会でその旨の承認がなされているのであるから、別紙支払一覧表のとおり、原告会社代表取締役荒井惟俊の単独名義で振出された小切手につき被告組合がその支払をしたのは委託の趣旨に従つたもので、その支払は原告会社のために効力を生ずるといわなくてはならない。

なお、前記のとおり昭和四一年二月一日荒井惟俊が原告会社の代表取締役を辞任し、同年二月一六日共同代表の定めを廃止した旨、それぞれ同年二月二四日登記されており、右支払一覧表の末尾記載の小切手による支払は右辞任後の同年二月一七日になされたものであるが、右小切手の振出および支払は右登記のなされる前のことであつて、被告組合がこれにつき悪意であつたことはこれを認めるに足りる証拠がない。したがつて、この分の支払も原告会社に対する関係で有効になされたことになる。

五  以上により原告主張の当座預金はすべて適法に支払がなされ(小切手による支払額を除く残金三一五五円が国税滞納処分の差押に基づき昭和四五年一〇月七日芝税務署長に支払われたことは当事者間に争いがない。)、すでにその残額は存在しないことが明らかであるから、被告の第一次的抗弁は理由がある。よつて爾余の点を判断するまでもなく原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(別紙)

〈省略〉

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